バッハ平均律10番2声のフーガ

かつて横浜市では広間演奏会という催しがあった。
今でも開催されているものか?

興味を持ったのは演奏会に聴衆として参加しよう。と、考えたわけではない。
出演者を募集しているかを知りたかったのだ。

再度音楽教室を始めるに当たって、これからの教室はブランド化を目指せ!
というご意見が尤も。と、思い。ではうちもブランド化いたしましょう。

だが、わたしのブランドって何だ?
残念ながらわたしは超難関の音大出身じゃないし留学経験もコンクール入賞経験もない。
「人間教育も行っております。」と、胸を張れるようなキャラでもない。
保育園、幼稚園の先生の資質もあまりないのでリトミックの指導も出来ない。

思いついたのは弾けること。
だが、これの欠点は自己申告ばかりじゃアテにならぬ。と、考えられること。
したがい、どっかで弾いてみせよう。

発表会でまずは次こそ弾くことだが、これは年に2回、横浜音楽研究会というところに所属していて発表は行うが、これは内輪。(ついでに発表会だって内輪だわ。)
そこで思い出したのがカノ広間演奏会。
さて、オーディションやってるか?!

ったら、やってたv(=^0^=)v
年齢制限は上限はないみたいなので受けに行くことはできそうだが、なんと日程は6月。
来月か?!なんとかならないか?!
Σ(|||▽||| )ダメ、とりあえず今年は諦めなきゃダメだ。

課題曲が平均律のフーガだと\(◎o◎)/!それも暗譜。
弾けないの?ってことないわ。弾けるわ。
だが、来月じゃ間に合わない。




この演奏会のオーディションについてのことは後日に譲るとして、平均律、一時はよもや2度と弾くことも指導することもないであろう。と考えていた。
ピアノの旧約聖書。らしい。

来年、このオーディションが行われるか定かでないし、課題曲はわたしを裏切り平均律でないものを出題するかもしれない。

だが!チャレンジするのだ。(平均律暗譜するのか?!時々わたしってつくづく懲りない人だと思う。)
このような場面で平均律のフーガを暗譜して弾け。と、いうことは違う場面でもきっと平均律と関わる場面があるに違いないのだ。

では、何曲かの出題の中でわたしが弾いたことあるやつから制覇しよう。
10番のフーガホ短調。
この曲1巻の中では唯一2声。
勇猛果敢にわたし5声のフーガに挑戦したこととてあるが、平均律から離れていた今声部の少ないやつから取りかかる。

2声ってなんのことよ?!はね。平均律はプレリュードとフーガがワンセットになっている。
プレリュードはフーガの前座で特別に何声。というとはないのだが、フーガの方は2声だと右も左も類型のメロディーとなる。
動機となるメロディーから始まって、それがある程度のケリがつくと5度上の音から左手でそのメロディーが始まる。
そこから複雑怪奇な展開となり、声部というように両方が声であるかのように語り合うのだ。
手は2本あるので2声だと、間に合う仕組みとなるが、3声だと片手が2つの旋律を担当することとなる。

練習するは1声部ずつ弾いていくのが鉄則。
困ったことに1声部づつだとなんとか弾ける。
4声だと4回、5声だと5回となるが、これを合わせる段階になると3声でも(本当は2声でも)うまくいかない。

だって全声部旋律の切れ目が違うんだよ。うまくいく筈ないじゃない。
そのように開き直るワケにはいかないので合わせるが、4声、5声となると縦線合わせるだけで精一杯になる。
フーガなんだから横の流れ意識しろ!って言われても、、、無茶言うな!!

4声、5声の苦労はさておいて(2声から始めるんだから)どこの版でもかまわぬ。
というお達しもある。

楽譜なんてどこでも一緒でしょ。というのは大抵は当たり。
ペダルの位置が若干違ったり、モーツァルトのトルコ行進曲だと、シラソラが多分モーツァルトが書いたとおり装飾音符で表されてる版も、全部16分音符で表記している版もある。
が、そう大きくは違わない。

ところが、ヨハン・セバスティアン・バッハ大先生の曲は音符位置は変わらねど、版によって違うのだ。
モーツァルトの時代は今のピアノより軟弱ながらもピアノという楽器は存在しモーツァルトピアノソナタはピアノのために作曲された。
もっとも88鍵ではなかったらしい今のピアノより小さいピアノ。ながらもピアノはピアノであった。

だが、偉大なるバッハの時代はピアノそのものがなかったのだ。
そう言うと、それじゃどうしてたの?
と、尋ねられるのだが(ははは、おもちゃのピアノだったんだよ。)この頃はピアノの前身のハープシコードとかクラヴィコードと言われる鍵盤楽器でそれらの曲は演奏されていた。
どんな音かというと、デジタルピアノ持ってる人はハープシコードの音が入ってると思うので聴いてみましょう。

でまた、このハープシコードその他の楽器は今のピアノのように黒くノッペラボーではなく様々な装飾が施されて美術品としての価値は高かったんだろうけれど、強弱はほとんど付けられず鍵盤楽器としては今のピアノの進化前の形態。
小さく軽い楽器だったに違いない。(わたしはこの手の古典楽器弾いたことがない。)

しかもピアノのように標準規格なかったので2段鍵盤のヤツもあり。

なので、現在のピアノで弾くために編纂(この字は書けない!なので自筆するときはひらがなで書く)が行われたのだ。
その版は多数存在する。

この広間演奏会のオーディションは誰が編纂したのでもはたまた原典版を用いても暗譜して弾けば良い。ということだ。

わたしが持っているのは春秋社版。

これの↑の1巻。楽天に2巻しかなかった。井口基成 校訂版。

原典版にはないはずのフォルテもピアノもレガート、スタッカートの指示もついています。

では、この版で1声体ずつ弾きましょう。
ここで困った問題発生!
allegroこれはいい。出だしフォルテ。これもいい。
次(non legato)なんだって!バッハがそうしろ。って言ったのかい?言うはずはない。いやわからない。
バッハは1750年にしんでしまった。

わたし、このフーガ、ノンレガートで弾きたくないのよ。
ときたま、全てノンレガートで弾きたくなるバッハ曲というものがあって、その時ついていた先生に「スタッカートで弾いたの?」
と尋ねられ、「変でしょうか?」と言ったら「好きにすればよろしい。」(@^▽^@)
だからいいじゃないか!

ではない。これはレッスン受けに行くんじゃない。オーデションだ。
どこの版か書き込む欄があるに違いないのだ。選出した版に忠実に弾いているか審査するのかも知れない。

なので、ノンレガートの指示のない版を探そう。
ちょうど明日から連休、わたしは大人の生徒さんのお友達の絵の展覧会が行われている銀座に行く予定がある。
銀座のヤマハに行って、わたし好みの編纂の版を探そう。

この場合は直接楽譜売り場に行くに限る。
楽天やAmazonに電話して平均律の10番のフーガ、ノンレガートの指示のない版ありますか?
って、聞くわけにはいかないだろう。
何聞かれてるんだかわからない。っていう可能性のほうが大きいわ。

ヘンレ版が、多分原典版と思う。
だが、ヘンレ版の欠点は日本語解説ついてない上に値段が若干高い。

とにかく楽譜が山をなしている銀座のヤマハに行こう。
もしかすると違う編纂の班を幾つか買うかも知れない。

わたしと平均律とのご縁は当分切れそうもない。





らくらく弾けるスタジオジブリ

スタジオジブリ作品集。
男子女子問わず、魅力的な音楽に満ち溢れピアノを弾くなら是非チャレンジしてみたい。
だが、わたしがもともと持っている楽譜は入門、初心者にはかなりキビシイ。

スタジオジブリのピアノ譜は東京音楽書院の楽譜のシリーズを幾つか持っているけれど、今は絶版になっているらしい。
わたしの蔵書楽譜、絶版多し。

ピアノを習い始めて、すぐにでもジブリ作品が弾いてみたい。
生徒さんのために、入門級のスタジオジブリを探し出してみよう。

入手した楽譜がこれ↓

ドレミのふりがな、指番号が親切に全部の音符に付いている。

中身はこんな感じで、この楽譜特有の指寄せ記号、指こえ、指くぐりの記号がついている。
演奏のポイントで音楽的な表現についてのアドヴァイスと指導まで書いてある。

ヤマハミュージックメディアの出版、やるね。ヤマハミュージックメディア。
昨日今日、ピアノを習い始めた人でもなんとか弾けてしまう、ピアノを習うなら弾いてみたい曲の編曲がよく出来ている。

やさしい音楽の決まりごとという表題で楽典的なことも鍵盤と五線の関連性から、楽譜の仕組み、速度記号や音符と休符、調号から記号、指使いの指南まで親切に解説してあります。
しかも虫眼鏡なんか使わなくてもすむくらいの大きさの字で。

ラジリテーが出版された昭和28年から幾歳月、なんという進歩でしょう。
その当時は生徒が「これこれの曲が弾きたいわ。」など言うと「10年早いわ!!」と、恫喝されたのですよ。

その頃はこのような楽譜が出版されていなかったからよ。とかいうご意見も尤もだとは思うのですが、ややこしい曲を初心者向けに編曲しなおすくらいわたしだって出来る。
今は良い時代になったので編曲するという、わたしにとって暗譜より苦手で嫌いな作業しなくてもすむ楽譜が出版されている。

でも、しつこいようだけど、暗譜よりリストのエチュードより、シューマンの謝肉祭より苦手で嫌いな編曲及び音符ダマを書いていくという作業。
やろうと思えば出来ます。

もちろん編曲料頂いて編曲引き受けるようなマネは出来かねますが、初級生徒のために音符玉を減らしたり伴奏を簡易版にしたりするくらいのことはやるときはやります。
時には優秀なる(今時の子供は恐るべきセンスを持っておりますよ。)生徒の方からこうしたほうがいい。などいう意見をもらいながら一緒に編曲作業致すこともあります。

ピアノレッスン暗黒時代の「10年早いわ!」の恫喝も、当時はピアノを習うというのはあたかもそれが正統のアカデミックな教えであるがごとく、バイエル、ブルクミュラーの併用曲はエルメンライヒや、ストリーボック、ランゲあたりの初心者向け曲をキチッと仕上げてだんたんと難しい曲に進んでいく。

好きだから、といって小学生唱歌やディズニーソング、ましてアニメソングなんかを弾きたいなんてのは邪道ぢゃ!ヽ(`Д´)ノ
ピアノ習ってる子は「ねこふんじゃった」なんて弾いちゃダメよ(弾いたっていいと思う。)

と、このような考えに支配されていたのではないかと推測されるのと、、。
もしかして暗黒時代のピアノの先生って、編曲してやる。という頭がなかった。そしてそれは、、。

ここだけの話ですが、わたしなんかよりもっと編曲が下手だったんじゃないか。とも、思うのですよね。

この曲集に収められている曲はだいたいわたしも知っている曲が多いのですが、「人生のメリーフォーランド」これは成人の生徒さんがいつぞや持ってきたことあるのでかろうじて知っている。
「世界の約束」「テルーの唄」「Arrietty’s Song」「さよならの夏」は知りませんでした。

入ったばかりの生徒さんでも、早ければ夏、遅くとも冬にはスタジオジブリの曲を弾きましょう。





横浜人形の家「あかいくつ劇場」抽選

昨日4月25日は横浜人形の家「あかいくつ劇場」の抽選日。
わたしの教室は12月に本格的?!発表会を行う。

去年の夏ミニ発表会をここで行ったのだが、その時は抽選には行かなかった。
それで何故ホールを借りることが出来たかっていうと、各主催者のイベント希望日というものはバッティングすることが多い。
それなので抽選を行い、当たりの主催者がホール使用権を取得する。

人気のない曜日、時間というものも多々あって人気日はバッティングも多いが売れ残りの日というものも多々存在する。
去年はその売れ残り日を狙って夏のミニ発表会を行った。
狙い目は平日の午前。
午前はホール使用料も安い。花屋も写真屋も入れずに記念品も用意しないので会費は無料で行う。

ついでにイギリス館もこの手を使うことはある。

抽選がとっくに終わった頃、平日の午前どっか空いてますか?って質問すると、どこがいいですか?いっくらでも空いてますよ。
と、レスポンスがつく。

だが!今回は12月の日曜日を狙っている。他にも希望者が大勢いるはず、気を引き締めて抽選に臨まなければなりません。
冬の発表会は会費を徴収し、お花や記念品、写真にDVD撮影、午前中に調律を入れる本気モードの発表会です。
いつまでも会場が決まらない。というような、事態に陥るワケにはいきません。

気合を入れてさあ出陣の朝(@_@;)横浜市中区気候豪雨(´;ω;`)
だが!雨くらいに負けるワケには行きません。
オシャレして行こうか?は断念、泥はねしても怖くないジーンズと草むしりにも使う雨靴で向かう。
相変わらず、車は息子が赴任地に持って行ってその後駐車場9月まで貸しているので20系統のバスで港の見える丘公園の丘を超え人形の家に向かう。
つまり現在うちに車はない。
なんでバスこんなに混んでるんだ?

そっか!通勤の時間帯及び病院通いの時間帯にかかってるのか。
豪雨にメゲて抽選をパスする人が多いことを願う。





早めに人形の家に到着するも、この天気じゃそろそろバラの花咲く山下公園見物どころじゃない。
だが、抽選会場入りは10時15分から、表のお店は10時開店なので人形のお店を見ることにした。

わたしは人形が怖いので猫とうさぎのぬいぐるみくらいしか持ってない。
だが、リアルな人形はとても美しい。
美人を形容して人形のような、というのがよくわかる。
人形の洋服まで売っている。

時間がきて4階のあかいくつ劇場にスケルトンのエレベーターで上る。
わたしもそうだが、この劇場を狙う人々は雨くらいでメゲではいなさそう。
入口で番号札渡されたが30人くらいはいた。

興行されていない劇場というのは興行中とはまた違うワクワク感がある。
12月にはここに戻ってくるんだ。

あかいくつ劇場の抽選は昨日4月25日に2018年10月から翌年2019年3月までの期間の予約となる。
そうだ。ここは期間が比較的長い。
30人くらいならなんとか取得できる気がしてくる。

最初番号札を引いて、次にその札番号順のピンポン玉を引く。
そのピンポン玉の順番で希望する日時の優先権がもらえる。
わたしあんまり順番よくなかったな。
12月は希望者多いんじゃ、、。

だが、ちと以外。
3月希望する人が多かった。
そっか、人形の家だものね。
ひな祭りのイベントに劇場使いたいのかな?

なので!わたし無事に12月第2希望日引き当てました。やったね。
12月にはここに帰ってこられる。
ガラス張りのエントランスからまだ山下公園道路の銀杏の紅葉が残ってるであろう。

南関東12月は冬晴れが続く。
美しい風景だ。

書類提出して、Faxの入金案内を待つ。
わたし雨にメゲずに元町商店街で夕食の買い物してそのまま歩いて帰途に着きました。
帰ってからの仕事は生徒の皆さんに発表会のお知らせ文書を作成する。

これで今年中のコンサート予定が出揃った。
5月頭と8月の中旬、リフレッシュのためのお休みもらって、レッスンと練習に励むのだ。
そして、発表会のための雑用と金勘定にも秋以降は励みましょう。





ピアノの練習ラジリテー

ピンクのホッペの白うさぎさんがイラストに登場しようとツェルニー30番はツェルニー30番。
あんまりツェルニー30番不評なので、ではこれに代わるエチュード系としてこれどうでしょうね。

と、提案したことがあるエチュードが「ピアノの練習ラジリテー」フランス系ののほうが弾きやすくて人によっては相性がいいかも知れない。

だが、この提案もほぼ却下。感想は「同じじゃない(ツェルニー30番と)。」

わたしは今現在ピアノの練習ラジリテーは使っていないのですが、この黄色い音楽之友社出版の楽譜は持っています。
何故かこの楽譜は標準規格の本より一回り大きく書棚ではみ出してラジリテー様ここにありますぜの、主張をしている。
珍しいビタミンカラー。

安川加寿子先生の訳と、書いてあるが(ラジリテーはフランス系)楽譜におフランス語からの翻訳もなにもあるのかい?世界共通じゃないか?
だがそれは、音符のほうでない。各曲の下に虫眼鏡で見なきゃ読めないようなちっこい字で効果的な学習法その他が書いてあるのだ。
しかもかたい文章で。
30の小さな物語の親切さとはなんという違い。

そして、「はじめに」のあとに続くのはラジリテーが終わったら、次はツェルニー30番、40番、50番と進むと上達が容易となるであろう。
本当か?
わたし、時々バイエルを教材として希望する生徒さんがいるのでバイエル終了後はブルクミュラーはなしにしてこのラジリテーに進むのがいいんじゃないか?と、思ってたのだ。

だが、この文は書いたのは昭和28年3月。ピアノのお稽古暗黒時代の幕開け時期じゃありませんか!
本当の話わたしだってまだ生まれていません。

安川先生、大変功績のあった方でNHKのピアノのお稽古(多分そんなタイトルだった)の先生も勤められていたいたのですが、生年1922年、大正生まれ。
幼少の砌からフランスで育ってフランスでピアノ教育受けたので、フランス語で考える。
という、今なら誰もびっくりしない経歴だが当時の人々は驚愕したのでしょう。

昭和28年、これ以降ピアノブームは起こり専業主婦のお母さんに付き添われてピアノのお稽古に通って日々の練習は幼稚園生や小学生には理解不能の難題を押し付けられるのでお母さんが家で教えて練習して(泣かされながら)レッスンでは先生に泣かされてピアノ嫌いの少女(あるいは少年)を量産した時代の始まりです。

お嬢様をレディーにする。のコピーでピアノメーカーの在庫はカラとなり、ピアノの先生の家の門前には受講希望者が列をなした暗黒時代とはいえ違う意味ではいい時代だったのです。

だが!やはり昭和43年に時代に合わせた改訂がされた。
時代に合わせて改訂いたしました。とのこと。





ラジリテーの難易度はブルクミュラー25の練習曲とツェルニー30番のツェルニー30番のよりくらいの難易度。
だが、そんなにエチュードの山を続けなくても今は昭和20年代後半から30年代じゃないんだからいい。

指導法だって進歩してますが、習いに来るほうの生徒たちのほうだってそれ以上に進歩しています。
エチュードの難易度よりもはるか難易度上と思われる曲をコレが弾けた弾けた。と言うので「ほんとかいな?」
だが、ほんとに弾いてる。
注意点はいろいろあれどなんとか弾いてしまう。それも聴いただけで弾いてしまう。
困るのは原調とかけ離れた調性で弾くので、わたしは改めて楽譜を起こしたりする。(楽譜は必ず見せるようにしてます。)

つまりは相対音感が抜群にいいのだ。
幼い頃は耳を育てるレッスンをしましょう。と、いうのもなんだか虚しくなる。
何故なら、訓練授けなくて勝手に耳は育ってる。

テクニックの方も課題のエチュードはイヤイヤでも気に入った曲になると自前の難易度ものともせずに果敢に難曲を攻めるうちに身についてくる。
そうなると、がつがつエチュードの山を踏破させるのではなくて、適当に飛ばしてしまって構わないじゃない。

わたしはラジリテーはやっていないし、ラジリテーで教えたこともほとんどないのだけれど、ラジリテーに妙な思いがあるのは高校生の頃のわたしがついたのではないピアノの先生で全ての生徒にラジリテーを与えていた先生がいたのだ。

エチュードが試験曲の時は同じ曲を弾かせていたので、その先生の生徒はすぐにわかる。
ついでに、わたしが高校生の頃といっても昭和43年よりあとのことです。

そして、ピアノの練習ラジリテーが終わると、次はツェルニー30番でも40番でもなく、クラムマービューロー60練習曲に進ませていた。
確かハンガリー人の先生だったと記憶しているが、生徒によってはこれも有りと思う。

だって、その頃とて昭和28年とは事情が違ってきているのだ。
わたしも生徒によってももうツェルニー30番の次はクラムマービューローでいいんじゃないかと思っている。

嗚呼、大正は遠くなりにけり。





ツェルニー30番7番あるいは子うさぎのさんぽ

わたしの教室で不人気度ナンバーワンであろう、ツェルニー30番。お嫌いな方々は主に小学生。
時として、難易度的にはツェルニー40番程度の曲が弾けるのに、エンエンとツェルニー30番の途上で膠着状態ということもありうる。

ならばいっそ、30番すっとばして40番をレッスンしようか?と、いう気にもなるのだが、そもそもエチュードが嫌いで練習をしないのであるからして次に進まない。
ことが膠着状態を引き起こしている。

難しくて手こずってなかなか出来上がらない。ワケでないのが、最も困ったところ。弾けるから、ということでツェルニー40番に進ませてもこの膠着状態が余計ひどくなることが予想される。

だが、大人の生徒のほうがツェルニー30番を真面目にみてきてくれる。
成人して社会性のあるほうが目的のための努力を惜しまないでくれるのか。

とも、思うし、また、小学生というのは苦手科目、嫌いな科目でも全て強制的に受講するシステムになっている。
小学校は義務だからだ。

なので苦手科目、嫌いな種目の我慢のキャパが学校のことだけでいっぱいになってるんじゃないか?とも考えました。

だが!生徒がツェルニー30番に入ってくれるとわたしはうれしい。
ここからピアノ学習は膨大なエチュードとのお付き合いが始まるのだが、ツェルニー30番になれば完璧チーチーパッパからの卒業となるからだ。
ここからピアノのために作曲された名曲群をモノにする基本が出来たのだ。

生徒だって名曲群を演奏したい。
今のようにYouTubeがある時代、YouTubeを鑑賞して「この曲を弾きたい。」「次の発表会はこの曲がいいな。」と、夢をふくらます。
だが、その目的達成のためのエチュード、ツェルニー30番に関しては超無関心。

小学生の生徒さんには美しいイラストと表題から指ストレッチ法、アナリーゼについてまで装備しているこの本使ってますが、いくら素敵なイラストでもよく考えられた表題がついていてもツェルニー30番はツェルニー30番。

原典版の?!ツェルニー30番では7番、こちらのチェルニー30番30の小さな物語では4番目に位置する表題「子うさぎのさんぽ」なんとも可愛らしくやる気をそそる表題ではありませんか。

ホッペがピンクの白うさぎが蝶と戯れおいしそうな人参を抱え花咲く川辺で寛ぐ。
ほーら、楽しい音楽だわよ。
これでつって、アルベルティバスをモノにするのだよ。

ドソミソ、ドラファラ、16分音符4個連なりの頭は4分音符。途中っから右手のソシレシも出てきて、これが指定速度のVivace2分音符イコール76の速度まで上げて流麗に弾けるようになれば速度の速いアルベルティバスの多様されている古典曲のソナタを弾けるようになる。

このバスに子うさぎがピョンと飛び跳ねるが如く、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ミーーレドシラソーー。を軽やかに乗せるのだ。
なんだか、このメロディー手抜きじゃない?って?
失礼なこと言うな。この時代はこれが流行りだったのだ。

だが、わたしもわたしが昔エレクトーン習えって、母親にしつこく言われて仕方なしにヤマハ指導者養成コースに通っていた頃、基本3和音でいいから?!!メロディーを作れ。
って、言われて、もーー、勘弁してくれよ。そんなのヤだよ。そういうことしたきゃ最初っから作曲科目指したよ。
エレクトーンが簡単だ。なんて誰が言ったんだよ。ピアノより1000倍は難しいじゃないか!音大のピアノの先生、誰ひとりとしてこれとこれ見ておきなさい。って言っても作曲してこいないんて言わなかったもんね。

そのように内心毒づきつつ、仕方なしに和音内の音拾って音合わせみたいに創作したのをエレクトーンの先生は「君ねー。もっと魅力的なメロディー作れないかな??」
それが、その才能がなくてわたしも困ってるところですわ。

それでわたしはエレクトーンやめました。

なんでこんなこと思い出したかっていうと、その頃創作した手抜きわたしのメロディーとなんだか似ている気がする。
これは驚くに当たらない。
わたしの脳髄のどこかにツェルニー先生のメロディーがあって面倒さのあまりにそれをわたしの大脳は著作権を(ははは、カール・ツェルニー先生の著作権はもう切れてる。)侵害しつつ剽窃したに決まってるのだ。

ということは、やはりこのドドドド、ミーーレドシラソ。魅力ないってことか?
失礼じゃない。だが、この時代と今では音楽の流行りが違うのだ。




子うさぎ的メロディーが素敵か素敵じゃないかは置いといて、ここではアルベルティバスの習得というのが重要課題となる。
アルベルティバスが下手だと古典曲が聴けたもんじゃない仕上がりとなるからだ。
そのように説明すると大人の生徒さんは、了解してくれて熱心に練習してきてくれるのだが、小学生生徒にはトコトン受けが悪く、「ここまで練習したからいいでしょ!もう終わりにして次に進もうよ。」
あのなってね。8小節しか弾いてないじゃないよ。

良いか、エチュードいうものは例えばモーツァルトのソナタに8小節アルベルティバスが出てくるとする。
それを流麗に演奏するには20小節強くらいはアルベルティバスのエチュードを弾く、繰り返し全部弾けば40小節。
これくらい練習すれば、8小節のアルベルティバスが楽勝となる。
なので最後まで気合入れて練習を積むように。

だがやはり、翌週曲のほうは万全なくらい仕上げてきても、カール・ツェルニー先生はあっさり振ってくれている。
終いにいくら可愛いピンクのホッペの白うさぎでもいい加減にうんざりしてくる。(わたしのほうが)
なんのかんのってもアルベルティバス、子うさぎのお世話にならなくても弾けるようになってるから、ま、いいか(わたしが)のノリとなる。

では、次は坂道8分の6拍子、スケールの練習曲。
スケールが上手か下手かで音楽の出来上がり素敵にも陳腐にもなるのだから、心してMolt Vivaceで流れるように弾けるまで精進するのだ!
イラストは坂道で紙袋に入った林檎を2個落としてしまった可愛い少女。
元は11番。