あるいはかつてのピアノレッスンの日々〜少女の受難

 ピアノレッスンの日々〜あるいは少女の受難

かつてピアノレッスンはとても嫌われる習い事だったのです。この事象についてはは言われ尽くされた感ありますので、それはとにかく、、。昔のピアノの先生はすごーく怖かったのよ。注意されたところ直せないと物差しで手を叩かれたのよ!から、練習しないでレッスンに行くと、30分間叱られ続けた。あるいは、無視された。帰された。泣かされることはしょっちゅうだった。等々。私は実はこの手の述懐には弱くてあんまり語ることもないのです。

不思議と私はそもそも習い始めのその日からあまり怖い先生というものには当たったことがないのです。ではハッピーなピアノレッスンライフを送ってたかというとそうでもなく、怖かったのはピアノの先生ではなく私の母親でした。もー、先生のところでのレッスンは週1回ですむが親に見張られての練習は毎日だったので、こっちの方がよほど受難の日々でした。その頃の苦痛は怖いヒステリー起こす大人の存在よりも、訳のわからないことを強制的にやらされていた。それに尽きるのです。

そのような感じであまりにも面白くない幼少期のピアノのお稽古の日々だったのですが、ある時を堺に母親は私のピアノの稽古の指南役から下りた!ははは(@^▽^@)理由は超簡単、自分の手に負えなくなってきたからです。そして私はそれ以前の混沌状態から脱却して訳が解るようになってきた。

では、ここからは幸せな日々が訪れたかというと。。残念!それまで、母親に付き添われてレッスンした頃は他のレッスン生とてまばらで、私の前にレッスンしていたのは難しい素敵な曲をモノにしていたお姉さん生徒で、あれくらい上手に弾けるようになりたいわ。と、気持ちは上がりこのようなことは必ずやピアノレッスンの美しい思い出につながるのですが、、。

やっと練習の自立を果たしたものの、この時期から私の先生の教室は驚異的に繁盛し始めてレッスンに行くと憧れのお姉さんではなく、私より小さな子供たちがわらわらと集まり、総合病院の診察待ちみたいな雰囲気となり、唯一嬉しかったのはたいていの生徒は私よりピアノが下手だったのででかい顔出来たこと。

当時ピアノブームでピアノの先生が完璧人手不足だったのはよくわかるのですが、後日考えると、だからってなんだって予約制じゃない歯医者の待合室の如く、日曜祭日のテーマパークの如く、行列が出来たんだ?これに関しては私の母に伺い立てたのです。「ちゃんと時間予約制にすりゃいいじゃない?!」が、母からの解答は、なんでも一応レッスン時間は決まってたのだが、遅れたり早く来たりする子が多かった。とか、つまり予約という観念が当時は気分的かついい加減だったから、というのだが。これは解を得てはいない。未だに不可解?!

高校生になった時は私の入学した高校は音楽科だったので当然ピアノレッスンは必修科目。その初めての学校でのレッスンの日、けっこうワクワク、ドキドキしながらレッスンカード携えて指定のレッスン室へ向かった(O.O;) (o。O;)ここでも生徒は順番待ちしていたのでこの頃、ピアノレッスンとは流行ってる歯医者の診療受ける如く、待つものだ。と観念いたしました。

それよりなにより!その頃の私の受難は。。当時私は難しい曲弾いていたのですが、高校のピアノの先生からまだあんたには身分不相応の宣告受け、子供(その頃は私だってまだ子供だったけど。)が弾くような曲にシフトさせられたこと(泣き)もー、一時の遊び半分の練習のツケがどっと回ってきた!!

だが、この頃私はやあっと、理想のレッスンあるいは憧れていたピアノレッスンに出会うのです。高校のレッスンではなく先生のお宅にお伺いしてレッスンするホームレッスンまたはプライベートレッスン。ここではテーマパークのごとき行列はなく、正味1時間は私ひとりのレッスン、静かなグランドピアノが2台あるレッスン室でこの空間、先生、時間全て独占出来る♪幸せだった。だが、この幸せを得るためには必要不可欠なのは努力。1週間かそこらでエチュード、バッハ、曲を練習すること。

今は立場変わって私がレッスン提供する立場。幸せなピアノレッスン目指して努力いたします。

(2015年10月1日)

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